【デヴィ夫人】ハーフじゃない!純日本人でインドネシア国籍

芸能

デヴィ夫人って彫が深くてハーフに見えますが、実は純日本人なんです!

どうしてこんなにハーフ顔なのか不思議ですよね?

そこで今回は、デヴィ夫人のハーフ説の真相や、デヴィ夫人を生んだ親の顔などをまとめていきたいと思います!

▼この記事から分かること

  • デヴィ夫人はハーフなの?
  • ハーフ顔に見える理由は?
  • デヴィ夫人の親の顔画像

デヴィ夫人はハーフなの?

デヴィ夫人って彫が深くてハーフか、もしくはそもそも外人なんじゃないか?と思うほど。

しかし結論から言うとデヴィ夫人は母親も父親も日本人の純日本人!

本名も根本七保子といって、きれいな和の名前ですよね。

日本の女性の中にはデヴィ夫人のような、目がクリクリで鼻が高いハーフっぽい顔に憧れる人も多いのではないでしょうか?

【顔画像】デヴィ夫人の親は生粋の日本人

デヴィ夫人は2018年9月17日に放送されたNHK「ファミリーヒストリー」に出演し、デヴィ夫人の両親の顔写真も紹介されていました。

  • 父親:根本兵七郎
  • 母親:根本政子(旧姓:笠原まさ)

父親の兵七郎さんは腕の良い大工さんで、母親の政子さんは近所でも評判の美人だったんだとか!

政子さんの旧姓が「まさ」だったようですが、昔は結婚したら姓だけでなく名前も変わることがあったんでしょうか。

政子さんは、前妻を亡くした兵七郎さんの後妻にあたります。

兵七郎さんと政子さんの写真を見ても、美男美女カップルだったことが分かりますね♪

でもあまりハーフ顔には見えませんが、娘のデヴィ夫人があんなに彫が深いのが不思議ですね。

デヴィ夫人の父親・兵七郎さんは、デヴィ夫人が16歳の時に亡くなり、家計を支えるために高校をやめアルバイトを始めたんだそう。

先祖に外国の血は入っている?

デヴィ夫人の両親は日本人ですが、もった遡ったら外国の血筋に当たるんでしょうか?

「ファミリーヒストリー」ではひいおじいちゃんまでの名前も紹介されていました。

  • 父方の曽祖父:根本兵吉(茨城県・平磯のカツオ漁師)
  • 父方の祖父:根本兵三郎(海産物店経営)
  • 母方の祖父:笠原房治(千葉県・睦沢で農家)

兵七郎さんの父・兵三郎さんは、兵吉さんと同じく漁師をしていたようですが、海難事故にあってしまい、海産物店を経営することになったんだそう。

デヴィ夫人の父方は漁師の家系だったんですね。

曽祖父以前や、おばあちゃん、ひいおばあちゃんなどの情報は見つかりませんでしたが、

判明している限りでは、外国の血筋はいないようですね。

しかし、もっと遡ってもどんどん外国の人との交流は少なくなると思われるので、やはりデヴィ夫人は生粋の日本人なんじゃないでしょうか?

若い頃からハーフ顔で激美人!

デヴィ夫人というと、現在の女王様のようないでたちを思い浮かべる人も多いのでは?

しかし、デヴィ夫人は若い頃からめちゃくちゃ美人でやはりハーフ顔だったんです!

いや~絵画のような美人さですよね!

そして鼻も高く、彫が深いのでやっぱりハーフに見える顔立ちですね。

若い頃からこんなに美人ということが羨ましい!

今でもデヴィ夫人の自宅には若い頃の写真が飾ってあるそうです。

何故ハーフ顔に見えるの?

血筋に外国の人はいないのに、こんなにハーフ顔なのは不思議!

デヴィ夫人の両親もハーフ顔には見えないだけに、デヴィ夫人のこの彫が深い美しさは偶然なのかもしれませんね。

しかし、日本人はもともと色々な人種の血が混ざった混血民族とも言われているようで、そういうことも関係あるかもしれません。

まあ、ほとんどの日本人は日本人顔なわけで、デヴィ夫人のようなハーフ顔はやはり稀で、偶然の産物であるんじゃないでしょうか?

デヴィ夫人の国籍はインドネシア

デヴィ夫人は生粋の日本人なのですが、なんと国籍はインドネシアなんです!

というのも、デヴィ夫人は若い頃にインドネシア大統領・スカルノさんと結婚していたから。

デヴィ夫人は17歳から赤坂の高級クラブ「コパカバーナ」でホステスとして働き始めました。

その後東日貿易の久保正雄社長が、デヴィ夫人のその「東洋の真珠」と表されるほどの美しさをインドネシア大統領に紹介したというんです。

美しさって世界共通なんですね~。

スカルノ大統領と出会った時、デヴィ夫人はわずか19歳だったのですが、スカルノ大統領はデヴィ夫人に一目ぼれ!

始めの内は愛人としてでしたが、1962年に第3婦人としてデヴィ夫人とスカルノ大統領は結婚します。

インドネシア大統領の妻になったことから、日本国籍を捨て、インドネシア国籍になり、名前もデヴィ・スカルノになったんですね。

父親を亡くし、高校を中退、その後ホステスとして働いていたあと、

インドネシア大統領と結婚することになるなんて、すごい人生…!

しかし1965年に起きた軍事クーデター・9月30日事件でスカルノ大統領は失脚し、デヴィ夫人は大統領の元を離れ、逃げなくてはいけなくなりました。

ちなみにスカルノ大統領が1970年に死去した後は、スペイン人のフランシスコ・パエサと交際、

そしてフランスの貴族・エルゼアル・ド・サブラン=ポントヴェス公爵と婚約を交わしますが、再婚には至らなかったようです。

デヴィ夫人の和も洋も兼ね備えた美しさは貴族にも見初められるほどだったんですね…!

デヴィ夫人の娘・カリナはハーフ!

デヴィ夫人とスカルノ大統領には娘が生まれています。

娘・カリナさんは当然インドネシアと日本のハーフですね。

カリナさんもデヴィ夫人の血を受け継ぎ、なおかつインドネシアの血も入っているので、彫が深くてこれまた美人♪

カリナさんは、デヴィ夫人がクーデターのため戻ってきた東京都内の病院で生まれました。

インドネシアに戻ることが危険だったので、カリナさんの亡命先をフランスに決め、カリナさんはフランス・パリで育ち、その後スイスの学校へ進学しています。

しかしデヴィ夫人は娘と離れ、インドネシア移住を決めたため、「お母さんに見捨てられた」と感じた当時11歳のカリナさんはデヴィ夫人に壁を作っていたそうです。

1人娘を溺愛していたデヴィ夫人には、カリナさんとの「不仲」期間はとてもつらかったようですが、

カリナさんが出産したことで、デヴィ夫人とカリナさんは関係を修復したんだとか。

今ではデヴィ夫人の孫キラン君も生まれ、家族仲も良好なようですね。

デヴィ夫人の家系は美男美女ぞろいですね…!

終わりに

デヴィ夫人がハーフなのかについてまとめました。

生粋の日本人だけども国籍がインドネシアということには驚きですね。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

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